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チェ・ゲバラ

チェ・ゲバラについて語る PARLO DI CHE GUEVARA

エルネスト・ゲバラ・リンチ
1928年生まれのアルゼンチン人
革命家の彼だが、幼い頃から
ひどい喘息持ちであるという一面があった。

ブエノスアイレス大在学中の51年から
約1年間、チリ・ペルーなどの旅行を経験している。

卒業して医学博士の号を取得するが、
ペロン独裁政権下のアルゼンチンで
軍医に徴兵されるのを拒み、
ベルー・グアテマラなどを放浪、
メキシコに至る。
54年、メキシコでゲリラ戦術を学んでいた際に、
亡命してきたキューバ人
フィデル・カストロと知り合い、親友となる。

56年、キューバのバティスタ独裁政権を打倒すべく
メキシコを出発したカストロ率いる反乱軍に、
エルネストは加わった。
キューバ上陸当初12名しかいなかった革命軍だが
59年にバティスタを国外逃亡に追い詰め勝利する。

カストロの革命政権にて国立銀行総裁、
工業省大臣などを務め、執筆活動を行い、
キューバ国籍までも得るなどしたが、
再びラテンアメリカの解放を目的とするゲリラ闘争を続け、
ボリビアや更にはコンゴでまでも活動をした。
67年、ボリビアでゲリラ活動中、
政府軍に捕まって射殺された。
まだ39歳の若さであった。

遺骨が掘り出されて
キューバで国葬されたのは97年のことである。

ちなみにチェ・ゲバラの「チェ」
親しみを込めて「君」と呼びかける時に使われる言葉で、
それが転じて彼の愛称となった。

現代の日本では
彼の顔のアップがプリントされたTシャツなどの
チェ・ゲバラ・グッズが流行しているが、
何も知らないで着ている若者たちにも
とりあえず『モーターサイクル・ダイアリーズ』くらいは
観てほしいものである。

参考文献
池上彰『そうだったのか!現代史』集英社(2000)

(2004年8月26日)

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